ナミゾウカンパニー 書籍部1課

皆様本日のご機嫌はいかがでしょうか。

幼稚園時代から本をよく読む習慣を持っていました。絵本や学習用図鑑、中学生になってからは地図に示された川や山の名称に興味がありました。世界全体はともかく、日本の主要な地理、地名、海洋や河川、山の名を覚えて理解した自分だと思い込んでいました。ところが。50歳も半ばを過ぎてから思いもよらなかったハミゾウ(オット)の転勤に伴い、関東へ転居した当初の地方特定の天気予報を見た時に、きれいさっぱり忘れている自分がいました。東京都、神奈川県、千葉県、この3自治体の地形や位置は間違わなくても、もう埼玉県の段階で位置とその形がわからず、群馬と栃木、茨城、がわからない。福島、宮城、に至っては地形すらおぼろです。確かに関係の濃い知人友人がおらず、その地方へ何度も訪れた経験もないため、日常に最重要ではない情報だから関西生活の中で不要ではありました。

ですが、思い込みとはこういうことだとわかり、あれほど甚大な被害のあった東北地方の災害中心地の位置が特定できないなんて、薄情なことです。

作家の「石田 衣良」氏が新聞紙上のお悩み相談で、

「読んだ内容をすぐ忘れてしまうのが嫌だから、どうにか覚えておきたいのだが、アドバイスを。」

と問われ、

「我々凡人はそれで当然、いいのです。」

と返答されていました。ご名答!!と声が出ました。一冊の文芸書であれ、解説本であれ、著者が渾身の力で世に出されているとはいえども、それらの細部まで覚えていなくても楽しむ時間を持てたなら、作者さん方もそうそう不快にはならないでしょうね。

「津村 記久子」氏の作品に好きなものがいくつかあります。芥川賞の受賞作はその発表当時に読むことがありませんでした。それが、料理教室が発行している月刊誌に寄稿されていた一編に同感し、既刊作を読み始めました。それから数年後に家族が深刻な病状になり、退院の目処もつかず、もともとおぼつかなかった家計も医療費を支払えば残りわずかになる現実の中、下ばかり向いて歩く日々が続いていました。用事で東京の池袋に行った折り、西武池袋店のテナント三省堂書店の横を通りかかった時、津村氏のトークショー開催のポスターを見ました。繰り返しますが、書籍一冊買うこともためらう切迫した経済状態の中、津村氏の話を聞いてみたい、どんな方なんだろうと思いが強くなり、申し込みました。運よくまだ残席があり、参加しました。

当日。思っていた通りの方で、さっぱりしているんだけれど好きと嫌だをしっかり持ち、何よりわたしが10代からただ憧れているだけの作家業で身を立てていらっしゃる。新刊はライトなエッセイではあるけれど、タイトルは

「くよくよマネジメント」

あんなに潔く進んでいかれているように見える津村氏が、実はあっちで悩み、ここで迷い、とさまよってきたことのいくつかを書いておられます。読書は好きでもトークショー、それに続く著者サイン会なるものに参加未経験でしたが、こんなに楽しいものだとは想像以上でした。

最後に一人ずつ、新刊書の表紙裏にサインをいただきました。津村氏はそこへ

今 まさに くよくよしてます 津村 記久子

とさらりと筆記してくださり、ますます好きになりました。その初夏から数年経ち、我が家の経済が目覚ましく好転したかといえばそれは無く、しかし家族は標準治療を無事乗り越え、現在も大きな不自由はなく存命中です。津村氏のエッセイを読んだからといって、それが、それそのものが幸せにつながってきたのではなくて、あの時実像を拝見し、声とお話を聞き、好きになった作家さんがいるというだけでその経験が胸にあり、また新刊を上梓される日を待っていることがささやかな喜びなのだと思っています。

津村 記久子様。あの日は本当に楽しい数十分を過ごせました。ありがとうございました。お健やかに過ごされ、作品を世に出されることを願っています。

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