みなさま本日のご機嫌はいかがでしょうか。
配信ドラマでは主に、ミステリーやアメリカのポリスものが好きで連続して観ています。展開が早く、登場人物の関係性も複雑でないものが多いため、連続して観続ける日もありますが、やはり、一般人が銃保持している国の話は、映し出される映像から毎回強い刺激を受けます。隠された秘密を知りたくて次を観たくなりますが、休憩しながら追っています。
フィクションの書籍を読む時にも、それは同じで、近年は凄惨な描写のすくないものでないと、先に進めなくなってきました。老化してくれば、感性も鈍化してくるかと想像していましたが、違ったようです。
何作か読んできた、「津村 記久子」氏の新作、
「水車小屋のネネ」
を読んでいます。舞台は日本のどこか、もちろん銃撃戦や、土地を挟んだ国境での衝突も出てきません。津村氏の作品からいつも感じる全体を包む「包装紙」はファンタジーです。他の作家さんと少し違う、地上から浮いている「浮世感」です。この作品での「ネネ」は鳥であり、言葉を出し、歌唱もするけれど、もちろん人間界のあつれきや、恋愛感情に入り込んでくることはありません。
この作品は新聞連載されていた小説です。続けて読んでいきたくなるように、起伏を付けられていると感じますが、衝撃の展開を文章表現したと感じませんでした。それこそ、新聞の各面にある報道記事にも思えます。当事者にしてみれば体の震えがなかなか止まらないような、怒り、当惑、困惑、そしてさまざまな色合いの「恐怖」をできるだけ押さえつけるような筆致だと思います。
各人一回の人生など、報道記事にしてしまえばこういうもの、わたし自身のそれもまたほとんど起伏のない平板さだと言えます。この作品の淡さを読み進めながら、その平板と言い切る中に、どれだけ他者に手助けをできたか、もっと大事なのは、他者から受けた助けを感じていたかということだと感じます。
「恩知らず選手権」に出場したなら、まずは全日本チーム選抜は楽々、世界大会でも決勝リーグへ進む自信満々です。「踏まれた足の痛さ」の数々の記憶はクローゼット一杯、長い年月の間に受けた親切や思いやりはおぼろげです。
まだ読み終えていません。最後の文章にたどり着くことが惜しいです。
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