みなさま本日のご機嫌はいかがでしょうか。
日経新聞を愛読しており、週末の土曜日曜の版では、平日以上に多くなる文化や旅、科学についての記事を読んで驚くことも増えます。ヒト類がかつて昆虫を主食としていたことは夕刊で知りましたが、今日のNikkei The STYLE Cultureには「不老不死」が取り上げられていました。
ベニクラゲは、強いストレスがかかった時、老いて死期が近づくと成体から幼体へ戻ることが知られており、日本の研究チームがベニクラゲのゲノム解読に成功したと。「テロメア」の劣化を防ぐ仕組みもスペインで突き止められたと。
記事は不老不死に挑む「紳士録」にはテクノロジー分野での大成功者が多く、彼らが成功の次に望むことがそれなのかもしれないと。
二度読み返し、まっさきに思い浮かんだ言葉が、少女まんがの名作「ベルサイユのばら」内で、主要人物のオスカルが放った言葉です。物語の流れや、対面していた直前の相手が何を言ったのかも全く思い出せないのですが、このように彼女は言いました。
「ばかなことを。花は散るからこそ美しいものを」
今に至るまで忘れず、能や、万葉集に通じるような死生観にも思えて、わたしには納得できる考えです。
記事では、違う見方として生物学者の小林 武彦氏の言葉も紹介されています。
「死があるからこそ生物は進化し、多様性を獲得することができた」
不老不死が確立したところで、文明や変化はもしかしたら消えるのかもしれません。永遠をみなが手に入れたのなら、もう何一つ不要でしょう。
みずみずしい若さを保ったまま永遠に生きたいと望む人がいるのだなと思い、その対極にいるわたしなどは、とんでもないことだとの思いを強く持ちます。過ごしてきたこれまでの60年超の時間はただただ、長かったと思い返すのみで、これがまだ続くといいと願ったことは一度もありません。
不死を希望している方々はご自分自身が好きで、ほとんどを肯定して生きてこられた、失敗や後悔の少ない人生を送ってこられたのでしょうか。うらやましいとは思いません。同じ自分が若き頃に戻って行ったところで、人のコア部分は変わらないので、それを繰り返すなど刑罰かと思います。「不老不死技術」よりも、あまりにも長すぎる生を続けたくない人が旅を終えるため、希望をかなえる良い方法をヒト類全員で共有して循環していく知恵が欲しいと願っています。
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